「好き、っていう言葉は、好き、っていうだけのものじゃないんだって、」|どこから行っても遠い町/川上弘美
「どの小説がおすすめ?」とたずねられたら半ば憮然としてたずね返す。
「どんな小説が読みたいの?」って。
だって、おすすめなんてその時の気分(自分も、相手も)に寄るし、求めているものにかなり左右される。おすすめした割に反応が良くなかったりすると、余計落ち込む。こっちはしっかりとおすすめしたぞ!なのに、なんだその反応は!と。おすすめを尋ねる質問に、無責任な期待値がかけられている感じがして憮然としてしまう。もちろん、小説の話題自体は好きだけど。
前置きが長くなってしまったが、「小説家は誰が好き?」という質問をしてもらいたい、できれば今後。
ぼくは即答で「川上弘美」と答える。
川上弘美は大体3ヶ月に1、2冊は読んでなかった短篇集を読んだり、昔読んだものを読み返したりする。
今回は、「どこから行っても遠い町」を読んだ。
結婚生活の話や日常の男女のあいだのなかの機微みたいなものの危うさとか豊かさとかを書いているものが多い印象だった。かといって、川上弘美にしては珍しいかと言われたらそうでもない。いたって、普遍的で距離の近いテーマ。でも、いくつ描いてもキリがないし、だから面白い。
一番好きな小編は「四度めの浪花節」。
その中で、主人公の男性(話の中で年齢が変遷していくが、ピックアップする言葉を言った当時は、35歳)が当時のことを振り返って、その時には”知らなかった”んだという事実。
好き、っていう言葉は、好き、っていうだけのものじゃないんだって、俺はあの頃知らなかった。いろんなものが、好き、の中にはあるんだってことを。
いろんなもの。憎ったらしい、とか。可愛い、とか。ちょっと嫌い、とか。怖い、とか。悔しいけど、とか。そういうの全部ひっくるめて自分の何かを賭けにいっちゃいたくなる、とか。
俺の「好き」は、ただの「好き」だった。央子さんの「好き」は、たくさんのことが詰まっている「好き」だった。
含蓄の有るような、でも文字にしてみるとふつーな、そんな距離の近い葛藤を見せつけてくれる。いろんな年齢と立場と時代の男女を操って。