「私は彼に挫折して欲しかった」|凍りのくじら/辻村深月
「SFは、何の略?」と問われて、なんて答えるだろうか?
「すこし・なんとか」
だけど私は、Sukoshi・Fuzuai(少し・不在)だ。いつでも。
場の当事者になることが絶対になく、どこにいてもそこを自分の居場所だと思えない。それは、とても息苦しい私の性質。
理帆子を取り巻く環境に少しずつ変化が生まれていき、日常が壊れていく話。でも、その壊れていく変化を創りだした一端は、少し・不在の理帆子自身が生み出したということを物語後半に連れて理帆子は後悔していく。
物語中盤に、キーパーソンである理帆子の知人・別所あきらに対して、理帆子の元カレの若尾のことを説明しているシーンでのこと。
弁護士を目指して司法試験の勉強をしている身の若尾は、ドラえもんの道具でいうところの「先取り約束機」をいつも使っており、将来的に得られるであろう地位や名声を先行的に"得ている"と思って現在において振り回している、という風に理帆子はたとえている。
「彼は自分が使っていた『先取り約束機』を壁に叩きつけて壊した。」
(中略)
別所が私に、静かな声で尋ねた。
「後でそれが実行できる目処がなくなり、逃げることもできなくなった彼は、壊す以外にどうしたらよかったと思う?」「挫折しなくちゃ。」
(中略)
「いつも、持病のせいとか、親のせいとか、自分の力ではない他のせいにしてきた。だけど、悪いのは自分だと認めなくちゃ。全部を自分の責任だと認めて、その上で自分に実力がないんだと、そう思って諦めなくちゃならない。精一杯、本当にギリギリのところまでやった人にしか、諦めることなんてできない。挫折って、だから本当はすごく難しい。」
「私は彼に挫折して欲しかった。」
この言葉がなんか印象的だった。
主人公の醒めた感じのスタンスの"割"のセリフ。別所が言うように、理帆子はやはり若尾のことが好きだった、。
恋愛が、どう発展していくか、ひとつのケースをナマナマしくみたなぁ、という読後感の1冊でした。
辻村深月は、「子どもたちは夜と遊ぶ」がイチオシ。
▼凍りのくじら
▼子どもたちは夜と遊ぶ(上下巻)