錦繍録

書評とか.

「誰かへの愛じゃなくて、人生への愛なんだよ」|Before Midnight

現実の時間と同じ流れを持つ、3部作(たぶん)の3作目。

ジュリー・デルピーイーサン・ホークが主演。
主演、というよりカメラを回している時間が長く、ほとんどふたりの会話だけではなしが進んでいく。

初公開は、1995年。「Before Sunrise」では、二人の”夜明け”を描く。
その次は9年後の2004年。「Before Sunset」で、二人が偶然再会してからの話。
そして、今回はまた9年後。初公開はアメリカ、2013年。

 

ふつーは、メイクで演じ分けたりして数年後、ってみせる。
でも、この映画は役者も周りも、自分たち観客もおんなじ時間を生きている。
18年前は23歳だった主役のイーサン・ホークも、今作品では41歳。

加えて、ほとんどが二人の会話で進んでいく映画というところもあって、
脚本に加えて演出が面白いという点も◎

 

ただ、このBeforeシリーズは、そこが売りではない。

本題は、「人間関係は複雑に、深くなる。そして、親密になる。」ということだと思う。別に夫婦の中だけの話ではなくて。相手を知り、興味を持ち、自分の人生を構成するファクターの一つに、自分と同じように複雑で変化する人間がかかわる。 いいことばっかりではなくて、むしろ自分の力ではどうしようもない変化体に途方に暮れたり苛ついたり、複雑さを理解できず落ち込んだりすることもある。だけれども、それでも、深くなっていく関係の中に”安心する”とか”なんとなく「ココ」のような感じがある”って思っていく。

 

今作品の中で、二人が訪れているギリシャのゲストハウスにいたおじいさんの言葉がとても響いた。それは、

 

大事なのは、誰かへの愛じゃなくて、人生への愛だよ。

 

という短い言葉。

「相手のために」って言葉を軽々しく使いまくって施す行為のほとんどは、
本当の意味で相手をリスペクトして愛して行っている行為ではなくって、その施している主体(=自分)に対してのみ矢印が向かっているに過ぎないし、そのサインは相手に早かれ遅かれ気づかれてしまう。

目の前の相手が、”自分の人生を構成するファクター”として存在する自分の人生に対しての愛と敬意を払うべきだ、というメッセージだと感じた。
  

 

http://beforemidnight-jp.com/

 


映画『ビフォア・ミッドナイト』予告編 - YouTube

 

『自由に生きて演奏をしたいだけ、それが罪か?』|扉をたたく人(The VISITOR)/トーマス・マッカーシー監督

リチャード・ジェンキンス主演。
確か、「食べて、祈って、恋をして」に出演していたような。

 

リチャード演じる大学教授・ウォルターが主人公。
ひょんなことからウォルターが出会った移民のカップル、タレクとゼイナブ。日常の関わりの中で妻に先立たれて心を外には閉ざしていたウォルターは静かに、確実にリアルな生を感じ始める。一番のきっかけは、タレクが持ってきたジャンベという楽器。タレクはジャンベ奏者で、公園や夜のバーでのショーなどでジャンベを叩く。

 

そんな中、タレクが突如不法滞在で逮捕、留置所生活に。
留置所での面会を続けるウォルターと、日々不安が増していくタレク。

この映画では、9.11依頼不法移民の取締が厳しくなった社会の、リアルな1コマを写しだているが、一方で激しく訴えたい分かりやすい主張やテーマ、提起があるようには思わない。どちらかというと、「The VISITOR」という原題が表している通り、ドアをノックするその出会いからストーリーが回り始める(ウォルターとゼイナブとタレク、ウォルターとタレクの母親)、その1コマがたまたま移民青年と初老の教授の出会いであった、という普遍性と多様性にあると感じた。

 

最後のシーンでウォルターがタレクから預かったジャンベを地下鉄で叩き続けるエンディングは、それでも、その1コマの人生の重さをそのまま写している印象が強かった。

 

 

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